【医師の過労死】病院は助けてくれない【26歳専攻医自殺・甲南医療センターの背景】

痛ましいニュースです。

兵庫県の「甲南医療センター」で働いていた、26歳の医師が月200時間の残業で自殺した件で労災認定となり、全国ニュースとなりました。
ご遺族の方には心よりご冥福をお祈りします。

昨今の「働き方改革」や若手医師を取り巻く環境を含めて背景を解説します。2度とこのようなことが起こらないように。


参考
26歳医師自殺で労災認定、残業月約200時間 病院「自己研鑽含まれる」読売新聞オンライン


参考
過労自殺した若手医師、「限界です」両親へ遺書…病院側は長時間労働の指示否定読売新聞オンライン

このニュースを見てわかるように、患者のため、上司のため、病院のために命をすり減らして働いて、過労死や自殺してしまっても病院は味方してくれません。

 

ニュースの概要

神戸大学医学部医学科を2020年に卒業した当時26歳の男性医師=高島晨伍(しんご)さん。
神戸大卒業後の2020年4月に初期研修医として甲南医療センターに入職。
2022年4月からは消化器内科で「専攻医」(後期研修医)となった。
2022年5月17日に両親へ遺書を残して、自宅のクローゼットで自殺しているところを発見された。

専攻医となる直前から、夜間の救急対応などで時間外労働が増えていた。
自殺する直前の3ヶ月間は休みがなく、4月には残業197時間に達していた。
第三者委員会の調査報告書では、長時間労働によって精神疾患となったことが原因で死亡した可能性が指摘された。
労働基準監督署が労災認定したことでニュースとなった。

 

医師の働き方について

医師の多忙な働き方は、同業者以外には理解し難い点が多いです。
業務量の多さ、乗しかかる責任感とプレッシャー、急患への対応など。
肉体的にも、精神的にも非常にハードな働き方です。

特に、「当直」「オンコール」という制度が非常に負担です。

さらに今回は「専攻医」とそれを取り巻く環境が関係します。

当直(宿直)とは

夜間に病院に泊まって入院患者の対応をする当番です。
入院患者がいるような病院では、24時間医師が常駐しておくことが義務付けられています。
そのため、医師は交代で泊まりの番をするのです。

これの何が問題かというと、
当日の朝から通常業務をこなし、そのまま当直に入ることが常習化しているのです。
そして、そのまま夜を明かして次の日も通常業務を行います。
つまり、朝8時から働き始め、夕方の17時に当直業務に入り、夜通し勤務し、次の日の昼や夕方まで働く
「24時間以上の連続勤務」が実態となっているのです。

救急車や救急患者を受けているような救急病院では、夜中も患者が来るためほとんど眠ることができずに夜通し働きます
実際に救急含めた当直はとてもハードで、私も不整脈を自覚しながら当直をしていました。

オンコールとは

自宅にいながら、緊急の呼び出しに対応する当番です。
高度に専門化した現在の医療では、各科の専門家の対応が必要になります。
そのため当直の医師だけでは対応できない場合に、オンコール医を呼び出すことになります。

オンコールの報酬は、無償もしくは1日待機して数千円程度です。ほぼボランティアです。
それでも常に連絡が取れるようにしておき、呼び出されれば速やかに病院に駆けつけます。
遠出することもできませんし、お酒を飲むことなどもできません。

多忙な診療科では、オンコールはほぼ呼び出されます。
今回の消化器内科はトップレベルに呼び出しが多い科なので、おそらくオンコールの負担は非常に大きかったでしょう。

 

専攻医とその負担

今回命を絶った男性医師は専攻医でした。

初期研修医

医師になるには、医学部医学科を卒業し、医師国家試験に合格しなければなりません。
国試に合格すると、「初期研修医」として病院で働き始めます。
初期研修医は、指導医(上級医)の責任の下、医療行為を習得します。
幅広く医療を学ぶために、様々な診療科を月単位で移動します。
このローテートを繰り返して、計2年間の研修が終了すると、初期研修終了となります。
初期研修医の権利や労働環境に対しては、病院の意識も高まってきているため、一昔前のようなブラック労働は減りつつあります。

専攻医

初期研修が終了すると、医師はそれぞれの専攻する診療科を決めて、その進路に進みます。
この卒後3年目以降の数年間を「専攻医」(後期研修医)と呼びます。地域によっては専修医とも呼びますね。

専攻医になると、それまでの初期研修医とは一変して、自分の診療行為に責任を持つことが求められます。
さらに、他の診療科からは、その診療科の内容については専門家であることが求められます。
専攻医になる3年目はみな不安を抱え、プレッシャーに押しつぶされそうになっています。
この気持ちは医師ならわかると思います。

3年目になる直前は、これから進む診療科の内容を先取りして学ぶ人が多いです。
4月には、他科の先輩医師からアドバイスを求められ、専門家として対応しなければいけないからです。
今回もそういった背景があり、初期研修医の頃から残業が増えていたのではないかと思われます。

学会発表とは

医師は診療内容のアップデートや研鑽のために、学術学会に所属し、その学会で発表します。
学会発表は、多くの関連する論文を読み込み、データをまとめ、スライドを作り発表するため、多大な時間と労力がかかります。

しかし、この学会発表は、医師の世界では「業務」ではなく「自己研鑽」とされます。
そのため、残業にカウントされません
建前は、自主的に発表するということですが、実際は上司からの命令がほとんどです。

今回も、雇用主である甲南医療センターは「学会発表は病院からの指示ではない」との見解を示しています。

ちなみに学会発表は、医師の専門性を示す資格「専門医」を取るために発表が義務付けられているものもあります。
今回の消化器内科の場合も、内科専門医をとるために学会発表が必要であり、発表を断ることはかなり難しかったと思われます。

ちなみに、一般的な医師なら初期研修医〜専攻医の間に2回以上は、学会発表をしていると思います。

 

「自己研鑽」とは

労働ではなく、自己の研鑽目的の活動です。

残業代を払わないため、過重労働をなかったことにするため、働き方改革をしているふりをするために病院で多用される詭弁です。
今回も、甲南医療センターは”院内にいた時間には「自己研鑽」が含まれており、病院としては過重な労働を課していたという認識はない”とコメントしています。

ただし、そもそも医師の仕事は、労働と自己研鑽の境界が曖昧で、厚生労働省からも通達が出ています。

https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000404613.pdf

現場で働く医師なら誰でも、今回の自己研鑽を盾にした言い訳は無理筋だとわかります。

 

「自由度の高い勤務」は労働時間の管理ができない?

今回の甲南医療センターの会見では、院長らが、「医師の勤務は自由度が高く、自学自習の時間と、生理的な欲求に応じて寝て過ごすことも多々ある。労働と自己研鑽を区別は難しい。」と述べています。

病院ではいまだにこのような旧態然とした考え方が多数派です。特にこの院長らの世代は顕著です。

たしかに、医師の働き方は特殊な面もあります。患者の数や状態によって、業務量は大きく変動します。待ち時間が発生することも多いです。

その空き時間に、患者や病気、治療に関する調べ物をすることは多々あります。その日に使う知識だけでなく、”今後使うかもしれない”知識や技術の習得も含みます。ひどい病院では、現在の受け持ち患者に関すること以外は「自己研鑽」にされてしまいます。

医学の進歩は著しく、医師は情報のアップデートが欠かせません。古い知識、曖昧な知識を持った医師に診療されたい人はいませんよね。医師の仕事は、「自己研鑽」で培った知識や技術で、患者のため、病院のために貢献する仕事です。果たして、「自己研鑽」を労働時間ではないと考えるのは、適切でしょうか?

また、空き時間に休憩を取ることもあります。デスクで仮眠をとっている医師は多いです。しかし、仮眠は悪いことでしょうか?

診療や手術をミスなく行うためには、眠気を我慢するより、いったん仮眠して集中して臨むべきです。あなたが病院を受診したときに、医師が眠たそうだと不安になりますよね。

そもそも、過重労働や当直、オンコール、救急対応などで、疲弊しているから仮眠を取らざるを得ないのです。

睡眠不足では、人間の集中力は酩酊状態並みに低下します。そうならないよう、仮眠をとって十分なパフォーマンスを出せるように体調を整えているのです。

昼間寝てばかりで、仕事も十分していないなら、たしかに問題です。しかし、今回のケースでは、長時間労働が常態化しており、精神障害をきたしていたと認定されています。

雇用側に問題があるのではないでしょうか?

 

甲南医療センターについて

ここからは、昔の友人(関西の医師)に聞いた話も交えます。

甲南医療センターは、神戸市の東灘区に位置する計461床の急性期総合病院です。
旧甲南病院を建て替え、2019年に名称変更しました。

神戸市の急性期病院としては、神戸市立医療センター中央市民病院が有名です。
救急救命センターは8年連続日本一、初期研修医からも人気なブランド病院です。
この神戸市立医療センター中央市民病院ですが、医局としては京都大学系列です。

地元の神戸大学としては、この神中に対抗する病院が欲しかった。
そこで、甲南医療センター設立に当たって全面的に神戸大学が応援しています。
神戸大学から多くの人材を引っ張っていき、院長には神戸大学肝胆膵外科学「元教授」を据えました。

https://hospitalsfile.doctorsfile.jp/h/1047478/cm/


参考
具 英成(公益財団法人 甲南会 甲南医療センター)ホスピタルズ・ファイル

さて、コロナ禍に完成した甲南医療センターですが、「断らない救急」を掲げます。
神戸市立医療センター中央市民病院はコロナ患者の受け入れで救急の受け入れを大きく減らしました。
そこで甲南医療センターは神戸市の救急医療体制を支えるために、スタッフ一同努力して、救急応需したそうです。

参考
「最後のとりで」院内感染 危機に動いた民間病院神戸新聞NEXT

しかし、そこで犠牲になるのは現場の若手たち。
甲南医療センターでは、現場の医師が救急を断ると、院長らに呼び出されて叱責される環境だったと聞きます。
さらに、消化器内科は規模の割にERCP の件数が多く、若手の負担は相当だったと推測されます。

甲南医療センターの会見

本来、労働者である「医師」を守るのは病院のはずです。

しかし、今回の会見は、男性医師を守るどころか、過重労働は自己責任で、病院には非がないと言わんばかりの内容でした。

これには、多方面から非難が殺到しています。特に、医師からの悲痛な意見が目立ちます。

我々、医師は誰しも、過重な労働に、責任に、押し潰されそうになったことがあります。知り合いの医師で、過労死してしまった人を思い出すのです。

今回の事件でも、病院上層部は、男性医師を守ることはなく、責任も認めませんでした。

これが現状です。悔しくてたまりません。

https://www3.nhk.or.jp/kansai-news/20230818/2000077101.html

追い込まれてしまった人間には、選択肢が見えなくなります。自分が追い込まれてしまわないように、そして、周りの誰がが追い込まれそうになっていることに気がつけるようになりたいです。

若手医師の過重労働自殺ニュース

医師であれば、友人、同期、先輩後輩といった知人が自殺や過労死をしたという話は残念ながら珍しくありません。
私も親しい友人を亡くしています。このようなニュースがなくなることを祈っています。

医師に限らず、過重労働や職場の人間関係で悩むことがあれば、誰かに相談してください。
誰にも話すことができないならこのコメント欄でも結構です。

あなたが死んでも病院は守ってくれません。

 

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