講演や勉強会のスライドを作るとき、最も時間がかかるのはPowerPointを操作している時間ではありません。
誰に何を伝えるのかを決め、必要な情報を選び、順番を組み立て、一枚ずつ形にする。その途中で抜けや重複に気づき、全体を作り直す。私の場合、この「考えて、作って、戻る」作業に多くの時間を取られていました。
以前は一つの講演資料を作るのに15時間ほどかかることもありました。現在はOpenAIのCodex/ChatGPT Workを使うことで、同程度の資料を3時間未満で仕上げられることがあります。
ただし、生成AIにテーマを一言伝えれば、そのまま学会で使えるスライドが完成するわけではありません。私がAIに任せているのは、構成の壁打ち、要点整理、スライドの下書き、完成後の確認、想定質疑の作成です。医学的な内容と引用の確認、そして最終的なデザインは自分で行います。
この記事では、敗血症の院内勉強会を例に、同じ医学情報から「初期研修医向け」と「看護師向け」の二つのスライドを作る実際の流れを紹介します。

少し前まで、AIのスライド作成は実用的ではなかった
少し前まで、生成AIはスライドそのものを作るよりも、画像生成で「スライドらしい一枚絵」を作る方が得意でした。
見た瞬間はきれいです。しかし、実務で使おうとすると困ることが多くありました。
- 一部分だけ直したくても、編集可能な要素に分かれていない
- 修正を頼むと、直してほしくない部分まで変わる
- 文字が崩れたり、読めない文字が混ざったりする
- 架空の数値を使ったグラフや、医学的に誤った図表を作る
- 見栄えはよいが、何を強調したいのか分からない
特に危険だったのが、ハルシネーションを含んだグラフや図表です。もっともらしい曲線や数字が並んでいるため、一見すると正しそうに見えます。しかし、元データを確認すると根拠がなかったり、図の関係性が間違っていたりしました。
「きれいに描けていること」と「医学的に正しいこと」は全く別です。画像生成で作ったグラフを、数値を示す資料として使うべきではありません。
ここ数か月で、スライド作成機能が大きく向上した
ここ数か月で、AIによるスライド作成は一気に実用的になったと感じています。
現在はスライド風の画像を出すだけでなく、編集できるプレゼンテーションファイルを作り、完成後の資料を確認しながら、特定のスライドだけを修正できるようになりました。OpenAIの公式資料でも、ChatGPT Workで資料や調査結果からプレゼンテーションを作成する流れと、生成したファイルを確認・修正する方法が案内されています。
私が使っているのは、OpenAIのCodex/ChatGPT Workです。
最も大きな変化は、AIに完成品を一度だけ作らせるのではなく、準備の最初から最後まで相談できるようになったことです。
- 講演の目的と聴衆を整理する
- 必要な論点を洗い出す
- 全体の構成を作る
- 各スライドの要点を一つに絞る
- スライドファイルを作る
- 完成した資料の抜けや重複を確認する
- 想定される質問と回答案を準備する
一つ一つは以前からAIに相談できた作業です。現在はそれらが一つの作業の流れとしてつながり、実際に編集可能な資料まで作れるようになったことで、使い勝手が大きく変わりました。
AIに任せられる範囲は、スライドの用途によって違う
どのスライドでも、AIへの任せ方が同じというわけではありません。
| 用途 | AIに任せやすい部分 | 自分で重点的に確認する部分 |
|---|---|---|
| 院内勉強会 | 構成、要点整理、スライド作成、理解度確認問題 | 医学的内容、院内の運用 |
| 患者説明資料 | 説明順序、平易な表現、図解案、個別化 | 選択肢の正確性、誤解を招く表現 |
| 学会発表 | 壁打ち、論理構成、要点整理、想定質疑 | 引用、主張の強さ、デザイン |
| 院外の医師向け講演 | 構成、論点の洗い出し、想定質疑 | 専門的な細部、独自性、デザイン |
院内の初期研修医や看護師を対象とした勉強会では、AIにかなりの部分を任せられます。一方、学会発表や院外の医師向け講演では、構成や想定質疑には役立つものの、完成したデザインをそのまま使うことはまだ難しいと感じています。
実例:敗血症の勉強会資料を二つ作る
ここからは、敗血症の院内勉強会を例にします。
同じ敗血症というテーマでも、初期研修医と看護師では、知りたいことも、勉強会の後に求められる行動も異なります。実際に両者へ同時に講義するのではなく、対象を分けて二つの資料を作成します。
従来であれば、研修医向けのスライドを作った後、看護師向けに内容を削り、言葉を変え、順番を入れ替える必要がありました。実質的には、もう一度別のスライドを作る作業です。
生成AIを使えば、確認済みの共通情報から、対象に合わせた二つの構成へほぼ同時に展開できます。二本目を作る手間は、一本だけ作る場合とほとんど変わりません。
手順1:情報源を先に決める
最初に行うのは、AIに敗血症について自由に説明させることではありません。資料の根拠にするガイドラインや院内マニュアルを決めます。
今回であれば、日本集中治療医学会と日本救急医学会が合同で作成した「日本版敗血症診療ガイドライン2024(J-SSCG2024)」と、自施設の院内ルールを情報源にします。
AIには、与えた資料から次の内容を整理させます。
- 両方の勉強会で必ず扱う内容
- 聴衆によって重点を変える内容
- 推奨の強さや適用条件に注意が必要な内容
- 院内ルールとの照合が必要な内容
- 引用元を明記すべき数字や図表
AIが作った医学情報をそのまま資料にするのではなく、確認済みの資料をAIに再構成させる、という順序が重要です。
手順2:共通する骨格を作る
次に、研修医向けと看護師向けに共通する骨格を作ります。
例えば、敗血症の全体像、早期発見が重要である理由、初期対応の流れ、多職種で対応する必要性などです。
この段階では、細かなスライドデザインを作りません。まず「この勉強会で何を扱うのか」という部品を並べます。後から二つの資料へ分けられる、共通の素材集を作るイメージです。
手順3:聴衆ごとの到達目標を設定する
同じ情報を職種別に展開する際、最も重要なのが到達目標です。
初期研修医向けでは、例えば次のように設定します。
敗血症を疑い、必要な初期評価と初期対応を開始し、適切なタイミングで上級医や集中治療部門へ相談できる。
研修医向けの資料では、敗血症を疑う場面、診断と重症度評価、鑑別、必要な検査、抗菌薬、循環管理、感染源の評価などが中心になります。
一方、看護師向けでは次のように設定します。
患者の変化から敗血症を疑い、必要な観察を行い、緊急性が伝わる形で医師へ報告できる。
看護師向けでは、バイタルサイン、意識、呼吸、循環、尿量などの変化、治療開始後の観察、医師へ報告する情報、病棟でのエスカレーションなどに重点を置きます。
単に専門用語を減らすのではありません。それぞれの職種が、勉強会の後に何をできるようになるべきかを変えます。
手順4:二つの構成案を同時に作らせる
到達目標を決めたら、AIに二つの構成案を作らせます。
私なら、次のように依頼します。
添付した敗血症ガイドラインと院内資料だけを情報源として、
敗血症の院内勉強会スライドを2種類作成してください。
A:初期研修医向け
目標は、敗血症を疑い、初期評価と初期対応を開始し、
適切なタイミングで上級医へ相談できることです。
症例を軸に、診断、検査、抗菌薬、循環管理、感染源の評価を扱ってください。
B:看護師向け
目標は、患者の変化から敗血症を疑い、必要な観察を行い、
緊急性が伝わる報告ができることです。
バイタルサイン、意識、呼吸、尿量、治療開始後の観察、
多職種連携を中心にしてください。
両方とも院内勉強会用とし、専門用語の難易度、症例の見せ方、
想定質問を聴衆に合わせて変更してください。
資料にない医学的事実や引用文献は作らず、
確認が必要な箇所には「要確認」と表示してください。
まずはスライドを作らず、2種類の構成案と各スライドの要点を提示してください。
ここでも、いきなり完成品を作らせないのがポイントです。構成の段階なら、順番の変更や項目の追加・削除が簡単だからです。
手順5:構成の違いを確認する
AIが作った二つの構成を並べて確認します。
- 到達目標と内容が一致しているか
- 同じ説明をそのまま流用しただけになっていないか
- 研修医向けに診療判断の流れが示されているか
- 看護師向けに観察と報告の具体性があるか
- 自施設の運用と矛盾していないか
- 発表時間に収まる情報量か
AIは対象に応じた言い換えは得意ですが、現場で本当に必要な重点まで正しく判断できるとは限りません。この段階で方向を修正します。
手順6:二つのスライドを作成する
構成が固まったら、二つのプレゼンテーションファイルを作成させます。
同じガイドライン、同じ院内ルール、同じテーマを使うため、情報を集め直す必要はありません。共通するスライドは利用しつつ、症例、言葉の難しさ、強調点、まとめを対象別に変えます。
一本の資料を完成させてから手作業で別の職種向けに直すのではなく、共通の素材から二本へ分岐させる。この作り方が、生成AIを使う大きな利点です。
手順7:医学的な内容と図表を確認する
完成したら、すべての数字、薬剤、推奨、引用、グラフを確認します。
AIが「資料にない内容は作らない」という指示を完全に守るとは限りません。特に、数字が入った図表や治療アルゴリズムは、元資料と一つずつ照合します。
グラフが必要な場合は、画像生成でそれらしい曲線を描かせるのではなく、確認済みの数値データから作成させます。そして、グラフと元データが一致しているかを自分で確認します。
患者を特定できる情報は、一般向けの生成AIへ入力しません。実際の症例を使う場合も、個人が特定されない教育用の仮想症例へ置き換えます。また、所属施設の規程と、利用するサービスの契約条件を優先します。
手順8:完成したスライドをAIに再確認させる
完成したスライドをもう一度AIに見せ、次の点を確認させます。
- 一枚に情報を詰め込みすぎていないか
- 同じ内容を繰り返していないか
- 前後の説明が飛躍していないか
- 出典が必要な主張に引用があるか
- 聴衆にとって難しすぎる用語がないか
- 到達目標と最後のまとめが対応しているか
ここでは「全体をよくして」と頼むより、「スライド7の文字量」「スライド12の図と結論の整合性」のように、対象を指定して修正した方が意図しない変更を減らせます。
手順9:想定質疑を職種別に作る
最後に、二つの聴衆から出そうな質問を別々に出してもらいます。
研修医向けであれば、抗菌薬の選択、循環管理、感染源の評価、上級医へ相談するタイミングなど、診療判断に関する質問が中心になります。
看護師向けであれば、どの変化を優先して報告するか、報告に何を含めるか、治療開始後に何を観察するかといった実務的な質問が中心です。
質問は「基本的な質問」「実務的な質問」「回答が難しい質問」に分けてもらいます。想定していなかった論点が見つかれば、スライドへ追加するか、口頭で答えられるよう準備します。
15時間かかっていた作業が、3時間未満になった
以前は、一つのスライドを作るのに15時間ほどかかることがありました。
構成を考えながら作り始め、途中で不足に気づき、前半のスライドを直す。完成後に全体の流れを確認し、さらに修正する。別の職種向けに作るなら、そこからもう一度内容を組み替える必要があります。
現在は、最初にAIと構成を固めてから作り始めます。完成後の点検と想定質疑も同じ作業の中で行えます。その結果、同程度の資料を3時間未満で作れることがあります。
これは、AIが一瞬でスライドを出してくれるからだけではありません。最初に全体を設計することで手戻りが減り、共通する情報から複数の聴衆向けに展開できるためです。
二本のスライドを作っても、手間はほとんど変わりません。私にとっては、この「二本目のコストが小さい」ことが、単純な作成速度以上に大きな変化です。
学会発表では、まだそのまま使いにくい
院内勉強会ではAIにかなり任せられるようになりましたが、学会発表や院外の医師向け講演では事情が違います。
AIが作るスライドは、全体がきれいに整いすぎることがあります。余白、色、図形が均等に配置され、一見すると完成度は高く見えます。しかし、発表者が本当に強調したい場所まで均等になり、印象に残りにくいことがあります。
また、AIが生成するイラストには独特の癖があります。きれいではあっても、学会発表の雰囲気に合わなかったり、AIで作ったことが一目で分かったりします。
そのため、学会発表では、構成、要点整理、論理の確認、想定質疑にはAIを使いますが、最後のデザインは自分で修正しています。引用文献、医学的な主張、その強さも自分で確認します。
AIは発表者の代わりではありません。何を主張し、その根拠にどこまで責任を持つかは、発表者自身が決める必要があります。
患者説明資料では、個別化の価値が大きい
生成AIによるスライド作成で、もう一つ可能性を感じているのが患者説明資料です。
これまでは、製薬会社などが作成した既存の資材を使うことが多くありました。質の高い資料ではありますが、一般的な説明を目的としているため、目の前の患者や家族が知りたいことと一致するとは限りません。
私は、経口摂取ができなくなった場合の代替栄養手段や、呼吸補助療法を選択する場面などで、説明資料の作成にAIを活用しています。
例えば、次のような内容を、患者や家族の状況に合わせた順番と言葉で整理できます。
- どのような選択肢があるのか
- それぞれの方法で何ができるのか
- どのような負担や不利益があるのか
- 導入後の生活がどう変わるのか
- 家族にはどのような関わりが必要か
- いつ決める必要があり、後から見直せるのか
もちろん、生成AIに治療方針を決めさせているわけではありません。患者の個人情報を入力せずに説明の骨格を作り、医学的な内容を医師が確認したうえで、意思決定を支える資料として使います。
以前より患者や家族から質問が出やすくなり、理解や納得につながっている手応えがあります。
汎用的な資材を探して目の前の患者に合わせるのではなく、必要な内容から説明資料を作れる。このカスタマイズ性は、患者説明における生成AIの大きな価値だと思います。
私がAIでスライドを作るときに守っていること
便利になったからこそ、次の点には注意しています。
- 患者を特定できる情報を一般向け生成AIへ入力しない
- AIの回答ではなく、ガイドラインや原著、公的資料を根拠にする
- 数字、薬剤、引用、推奨内容を元資料と照合する
- 画像生成で作ったグラフを数値資料として使わない
- 聴衆別に作った資料を、それぞれの職種の視点で見直す
- 学会発表では引用とデザインを自分で最終調整する
- 所属施設の規程と承認された利用環境を優先する
AIに「間違えないで」と指示するだけでは不十分です。間違いが混ざる前提で、確認する工程を作成手順の中に組み込む必要があります。
まとめ:AIはスライドを作る道具から、準備を一緒に進める相手になった
少し前まで、AIによるスライド作成は、きれいだが編集しにくい一枚絵を作る段階にとどまっていました。誤ったグラフや図表をもっともらしく作ることもあり、実務では使いにくい場面が多くありました。
現在は、構成の壁打ちから、要点整理、編集可能なスライドの作成、完成後の確認、想定質疑まで、一つの流れとして任せられるようになっています。
敗血症という同じテーマから、初期研修医向けと看護師向けの資料を作る場合も、共通の情報源を一度確認すれば、それぞれの到達目標に合わせて二つの資料へ展開できます。二本目を作る手間はほとんど増えません。
私の場合、15時間ほどかかっていた作業が3時間未満になりました。
それでも、学会発表を完全に任せられる段階ではありません。医学的な内容、引用、グラフ、強調点、最終的なデザインには人間の確認が必要です。
生成AIは、医師の代わりに発表する道具ではありません。現在の私にとっては、発表準備の各段階で何度でも相談できる、優秀ではあるものの確認を必要とする共同作業者です。
生成AIが医師の仕事全体をどう変えたのかについては、前回の記事「生成AIで医師の仕事は実際にどう変わったか」でも詳しく書いています。


[…] 講演スライド作成の具体的な流れについては、「医師が生成AIで講演スライドを作る実際の手順」で、敗血症を例に詳しく紹介しています。 […]